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“おおとりインフォ 編集室”も、立ち上げた。

ヤマバヤシ タカシ

生まれた場所でありながら、知らないことが多い。^^;;

19歳まで過ごしたものの、43歳に実家に戻るまで離れていたからか?

それに平日は、通勤のため大阪市内にいることが多く、

休日も家で過ごすか、鳳を離れて出かけるので、

恥ずかしながら、本当にわが町・鳳のことをよく分かっていないかもしれない。

そういったこともあり、「おおとりインフォ」を立ち上げたいと思った。

>>>「おおとりインフォ(非公式)」を始めてみたいと考えている。

生まれ育ったこの町の、”今”をまとめてみたいと思っている。

鳳駅の再開発も進んでおり、わが町はまだまだ発展する。(だろう)

昔懐かしい風景が失われる寂しさはあるも、住民にとって便利になることは悪いことではない。

そんなわが町を、広く紹介したいと思う次第である。

それには、「取材」をする時間を設定し、ネタを探らないといけない。

そんなプロセスを含めて、編集室から紹介していきたいと思っている。

以下は、町の由来だとか。

だんじりに見られる、村や字について触れられているのに親しみを覚える。

>>>わが町の誇り!鳳のだんじり祭りが、年とともに好きになる

日本武尊が死後に白鳥(大鳥)となって最後に当地に舞い降りたという逸話から「大鳥」の地名が生まれ、町村制施行時に「大鳥」の吉字として「鳳」が採用された。また、古代の当地は海に面した低湿地で、オオトロ(大泥)がオオトリに転訛し、日本武尊の白鳥伝説と習合することになったという説もある。
江戸時代は全域幕府領で、その内訳は旧高旧領取調帳によると、大鳥村・野代村が旗本(代官)領、長承寺村が一橋徳川家領、北王子村が田安徳川家領であった。

■沿革
1881年(明治14年)2月7日 – 大鳥和泉郡役所が堺区大町東の祥雲寺より大鳥郡長承寺村に移転。
当初は湊郡役所の名称で大鳥郡湊村への設置を予定していたが、結局湊村には一度も設置されることなく、堺区より移転後郡制廃止まで当地に所在することとなった。現在も大阪府泉北府民センターが当地に所在している。
1889年(明治22年)4月1日 – 町村制施行により、大鳥郡大鳥村、北王子村、長承寺村、野代村が合併して鳳村が発足。大字北王子に村役場を設置。
1896年(明治29年)4月1日 – 郡の統廃合により、所属郡が泉北郡に変更。
1920年(大正9年)6月1日 – 町制を施行して、泉北郡鳳町となる。
1942年(昭和17年)7月1日 – 泉北郡浜寺町、踞尾村、八田荘村、深井村、東百舌鳥村とともに堺市に編入される。
1943年(昭和18年) – 堺市鳳北町、鳳中町、鳳東町、鳳南町、鳳西町の現行町名に改称。

2020年の東京五輪の時には、町制施行から、丸100年か。

なかなか由緒ある町であるな、と。

生まれたところを遠く離れたいと思ったのは、今や昔のこと。

今は、何とも愛おしい町である。
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